自分の物差しを壊し続ける大切さ

Published by

on

近頃、「多様性-Diversity」という言葉をニュースなどでよく耳にしますが、皆さんにとって「多様性」とはどんなイメージですか?

また、私達個人が「多様性のある社会作り」に貢献するには、何をする事から始めればよいと思いますか?

今回は、私が「多様性」という言葉を聞くと思い出す個人的な経験をお話しします。

私は21歳でアメリカに引っ越しましたが、最初の数カ月は、「多様性」どころか、「日本で使っていた日本製の物差し」しか持っていなかったので、その「物差し」でアメリカの文化を一生懸命図りながら暮らしていました。

しかし、奇想天外な多国籍の人達の中で暮らすにつれ、日本社会を見ていた「物差し」が使い物にならない事に気づきました。そして、世界を偏見なく見るため、日本で私が使ってきた「価値観の定規」を壊して、「新しい定規」を一から作る事にしました。

その後、サウジアラビアに引っ越してからは、今度はアメリカで作った「日本とアメリカを比較する物差し」では測り切れない出来事がたくさんあったので、グローバルで通用するさらに大きな「物差し」を作りましたが、その後さらに多くの人種の人々と交わった事で、「測る」事自体が不可能だとやっと分かり、「物差し」は手放しました。

この経験から私が学んだ事は、自分の文化以外のもう1つの文化に親しむ事で2つの文化の「比較」は出来るが、それはあくまでも「比較」でしかない、と言うことです。そして日本を含む2か国以上の文化を内側から深く体験した事で、「比較」から抜け出し、「多様性のある世界」を偏見を持つことなく見られる様になったと感じています。

この「母国以外の2つ以上の文化に親しむこと」は、本質を知り、多様性のある社会作りに貢献するために、とてもおすすめな方法です。 

海外に行かなくても、職場の外国人の方にたくさん質問してみたり、英会話の先生に積極的に話を聞いたり、行きつけの多国籍レストランの店員さんと仲良くなっ足り、方法は色々とあります。

是非、自分の知らない世界に「興味を持つ事」から始めてみて下さい。

ここでは「定規・物差し」という例えを使って説明しましたが、「眼鏡」に置き換えた方がしっくりくる方もいらっしゃるかもしれません。「日本社会を見てきた眼鏡」越しに異文化や世界を見てみても、先入観や偏見なくあるがままの姿を見る事は難しいのではないでしょうか。

私は「多様性」という言葉を聞くと、昔自分が世界を見る時に必要としていた「物差し」を思い出します。いつからか、世界を見る時に「物差し」は必要なくなりましたが、「多様性のある社会」とは、自分と他者を比較する「価値観の定規」を壊し、お互いの自然な姿を尊重し合う事だと思っています。

Mariko








Leave a comment