Category: 海外生活

  • 海外に住めば英語はペラペラになる?

    海外に住めば英語はペラペラになる?

    「海外にしばらく住めば、英語なんて自然にペラペラになるでしょ」 という声を聞く事がありますが、 実は、海外に数年間住んだとしても、 「気付いたら英語が話せないまま帰国の日が来てしまった!」 という方は意外と多いのです。 現地で外国人の知人や友人を増やし、積極的に英語でコミュニケーションを取る事を心がけて努力している方は、比較的早く英語が喋れる様になりますが、日本語でネット検索をし、TV番組や映画を日本語で見、日本人の友達を作って日常的に日本語で喋ってしまうと、残念ながら、英語がしゃべれる様にはなりません。 海外には日本人同士の親睦を目的とした「日本人会」や、在住目的別の日本人のコミュニティーが多数存在しており、日本大使館や日本企業主催のイベントもあります。異国の地で、母国語の通じる日本人が近くにいてくれる事は大変心強いのですが、現地の外国人と親しくなる前に日本人コミュニティーの中にどっぷり浸かってしまうと、せっかく海外に暮らしているのに、英語よりも日本語を使う機会の方が多くなる事すらあります。 海外外に住んだからと言って、自動的に英語が上達するわけではないので、注意が必要です。 私が留学していた時も、キャンパス内やスクールバスの中などで「日本人ですか?」と声をかけられ、日本人留学生の飲み会や、日本のドラマを観る会によく誘われました。 私はアメリカ滞在中に必ず英語が喋れる様になりたかったので、日本人会に入らず、日本人留学生からの誘いも片っ端から断り、出来るだけ日本人の友達は作らないルールを自分に課していました。 とは言え、同じ志を持った、「帰国までに何が何でも英語マスターしたい」と思っている日本人留学生達とは、日本人同士の会話も英語にし、お互いの外国人の友達を紹介し合ってみんなで遊んだりして、帰国前には全員英語が問題なく話せる様になっていました。 語学習得のコツは「質と量」です。 たとえ海外に住んでいても「質の良い(正しい)英語」に「沢山」触れなければ語学をしっかりとマスターする事は難しいので、英語が話せる様になるためには、まずは毎日良質な英語を沢山 input し、頻繁に output できる環境作りから始める事をおすすめします。 インターネットがあるおかげで、日本にいても、日常的に英語に触れられる環境作りが簡単に出来るようになった反面、海外に住んでいても日本語の記事が読め、TVやパソコンから日本語が聞こえてしまう様になりました。便利な世界になったからこそ、よほど強い意志を持たないと、簡単に楽な方へ流されてしまいます。 これから海外に引っ越す予定のある方は、是非出発前から「海外に住んでいる間に必ず英語をマスターするぞ!」と強く心に誓い、現地では徹底的に日本語を排除した環境作りをされる事をおすすめします。 Mariko

  • 自分の物差しを壊し続ける大切さ

    自分の物差しを壊し続ける大切さ

    近頃、「多様性-Diversity」という言葉をニュースなどでよく耳にしますが、皆さんにとって「多様性」とはどんなイメージですか? また、私達個人が「多様性のある社会作り」に貢献するには、何をする事から始めればよいと思いますか? 今回は、私が「多様性」という言葉を聞くと思い出す個人的な経験をお話しします。 私は21歳でアメリカに引っ越しましたが、最初の数カ月は、「多様性」どころか、「日本で使っていた日本製の物差し」しか持っていなかったので、その「物差し」でアメリカの文化を一生懸命図りながら暮らしていました。 しかし、奇想天外な多国籍の人達の中で暮らすにつれ、日本社会を見ていた「物差し」が使い物にならない事に気づきました。そして、世界を偏見なく見るため、日本で私が使ってきた「価値観の定規」を壊して、「新しい定規」を一から作る事にしました。 その後、サウジアラビアに引っ越してからは、今度はアメリカで作った「日本とアメリカを比較する物差し」では測り切れない出来事がたくさんあったので、グローバルで通用するさらに大きな「物差し」を作りましたが、その後さらに多くの人種の人々と交わった事で、「測る」事自体が不可能だとやっと分かり、「物差し」は手放しました。 この経験から私が学んだ事は、自分の文化以外のもう1つの文化に親しむ事で2つの文化の「比較」は出来るが、それはあくまでも「比較」でしかない、と言うことです。そして日本を含む2か国以上の文化を内側から深く体験した事で、「比較」から抜け出し、「多様性のある世界」を偏見を持つことなく見られる様になったと感じています。 この「母国以外の2つ以上の文化に親しむこと」は、本質を知り、多様性のある社会作りに貢献するために、とてもおすすめな方法です。  海外に行かなくても、職場の外国人の方にたくさん質問してみたり、英会話の先生に積極的に話を聞いたり、行きつけの多国籍レストランの店員さんと仲良くなっ足り、方法は色々とあります。 是非、自分の知らない世界に「興味を持つ事」から始めてみて下さい。 ここでは「定規・物差し」という例えを使って説明しましたが、「眼鏡」に置き換えた方がしっくりくる方もいらっしゃるかもしれません。「日本社会を見てきた眼鏡」越しに異文化や世界を見てみても、先入観や偏見なくあるがままの姿を見る事は難しいのではないでしょうか。 私は「多様性」という言葉を聞くと、昔自分が世界を見る時に必要としていた「物差し」を思い出します。いつからか、世界を見る時に「物差し」は必要なくなりましたが、「多様性のある社会」とは、自分と他者を比較する「価値観の定規」を壊し、お互いの自然な姿を尊重し合う事だと思っています。 Mariko

  • A Happy New Year vs Happy New Year

    A Happy New Year vs Happy New Year

    Happy new year everyone! 新年明けましておめでとうございます! みなさまはすでに仕事を始められましたか? 今回はちょっとした文法の話になりますが、新年の挨拶で“A happy new year!”とは言わないのでお気をつけください。 「え?!クリスマスカードとか年賀状に書いてあるよ!歌の歌詞にもなっているじゃん!」と思われる方もいるかと思いますが、実はあれは “We wish a merry Christmas and a happy new year.” という文章で、「happy new year」が名詞の塊として使われているので、aが付いています。 “Have a nice day!”と同じ用途ですね。 挨拶として使われる時は、aは省かれ、“Happy new year!”になります。 “Happy Birthday!”と同じ用途ですね。 ちなみに、happy birthdayも完全文としては “I hope you have a happy birthday.”と、aが入ります。 Happy Friday and have a nice weekend!

  • 英語の日付

    英語の日付

    下の二つの表現は、どちらが正しいアメリカ英語の表現でしょうか? 1.January 1, 20222.January 1st, 2022 答えは・・・ 「文語と口語で違う」という理由で、文語の正解は1、口語の正解は2になります。 例えば、原稿等を作成する時には「January 1, 2022」と書きますが、その原稿を口に出して読む時は「January first, two-thousand twenty-two」と読みます。 ちなみに、アメリカ人でも口語の表現に慣れすぎて、2の表現で書いてしまっている人たちもいます。 そして書く時のフォーマットですが、「月 日付(数字) コンマ 年」が正式な方式になります。 月は省略される月とされない月があり、Jan.Feb.MarchApr.MayJuneJulyAug.Sept.Oct.Nov.Dec.と表記される時もあります。(March, June, JulyもMar. Jun. Jul.と略される事もあるらしいのですが、この3つは略されないことの方が多いと思います。)省略する時はピリオドを忘れずにお入れください。 年も省略される時があり、その場合、2022はアポストロフィが付き、’22という表記になります。 2022年1月1日はJanuary 1, 2022もしくはJan. 1, ’22等になります。 そして、曜日を入れる場合は最初に来ます。曜日もMon.Tue. もしくは Tues.Wed.Thu. もしくは Thurs.Fri.Sat.Sun.と省略されることがあります。 2022年1月1日(土)はSaturday, January 1, 2022もしくはSat. Jan. 1, ’22等になります。 アメリカでは以上のような順番で表記されますが、国によっては日が最初に来る場合もあるので、お気を付けください。そういえば、パスポートも日、月、年の順番ですね! 何事においても、日本のやり方が世界の常識、アメリカのやり方が世界のスタンダード、等と決めつけないように気を付けていきましょう!

  • Giving donations (寄付をすること)

    Giving donations (寄付をすること)

    英語版はこちら 寄付をしたことはありますか? なぜしましたか? なぜしませんでしたか?「お金をください」と言われたら、どのような気持ちになりますか? 惜しみなく与えることができますか? 私はクリスチャンの家庭に育ったので、お金を差し出すということは珍しいことではありませんでした。クリスチャンは日曜日の礼拝で「献金」をします。私の母はいつも「私たちが持っているお金は全て神様から頂いたものだから、その中から元々神様のものだったうちの少しだけを返すだけなのよ」と言っていました。そして教会はそのお金を必要なところや人たちに対して使っていました。 また、私の母は様々な団体にも寄付をしていました。途上国の子どもたちのスポンサーもしていました。父は母に働いて欲しくなかったようだったので、それらの寄付は父が働いて得ていたお金とも言えますが、父は寄付に反対していなかったので、私の両親が二人して寄付していたと言えますし、そのことで私は両親を尊敬しています。 アメリカに戻ったあと、日本ではなかった「ホームレスの人にお金を求められる」ということがあり、カルチャーショックを受けました。私の思い込みかもしれませんが、アメリカの歴史と文化はキリスト教をベースにしているので、アメリカ人はお金を恵んで欲しいと言うことも、お金を与えることも、それほど抵抗が無いと思います。 しかし、私は「ホームレスにお金をあげる時は気を付けないといけない」と言われました。なぜなら中には貰ったお金をお酒や麻薬に使ってしまう人たちもいるからです。なので、私が高校生の時は、親友の一人と一緒にホームレスの人たちにご飯を買い、つらいことなどを聞きながら一緒に食べるということを通して支援をしていました。大学生の時にアフリカ南部の国々に行った時は、物乞いをする子どもたちにお金を上げると、親たちは子どもたちに物乞いを続けさせて働くなってしまうので、私は子どもたちに、「買い物をしている間、車を見る」という仕事を与え、その報酬としてお金を与えました。 大学と言えば、アメリカではたくさんの奨学金があります(日本と違い、アメリカの奨学金は原則として返済不必要です)。卒業生の多くは大学への感謝の表しとして奨学金を作り、勉強したくても学費を払えない人を支援したりします。私も学費のほとんどを奨学金で助けてもらい、奨学金を作られた方々と手紙のやり取りもしたことも覚えています。そのうちの一つは、大学を卒業する前に亡くなられた娘さんのために奨学金を作ったご夫婦でした。私もその方々を見習い、私のアドバイザーでもあり、メンター、そしてアメリカでの父親として慕っていた教授が大学を引退された時に、彼の名前を含んだ奨学金を作らせていただきました。その教授は大学で聖歌隊(合唱団)のディレクターもしていて、いつも留学生を気にかけていたので、私は大学に「支援を必要としている留学生で、教授が担当をしていた大学の聖歌隊に入ること」をその奨学金を受け取る条件として伝えました。 もしあなたが不安を抱えているのであれば、お金を差し出すということは難しくなると思います。また、もらうことに対して抵抗がある場合も、与えることが難しくなると思います。そのような場合、「なぜもらうことが難しいのか」というについて考える必要があります。原因はプライドでしょうか?くれる人の動機に何か裏があると気になってしまうからでしょうか? 数年前、脳科学者が発表した面白い記事を読みました。彼らが言うには、私たちの脳には、私たちを嬉しくさせるホルモンを分泌する箇所があり、そのホルモンが一番分泌されるのはいつなのかを研究したそうです。人々は、「美味しいものを食べた時」、「目標を達成した時」、「褒められた時」、「愛し合っている時」などと予想するかもしれません。驚くことに、脳科学者たちは「誰かを助けた時」に一番脳は人々を一番嬉しい気分にさせると結論付けました。さらに、それは「他の人に認知されること」も必要としていないそうです。あなたが誰かを助けた時、誰かに見られたり褒められたりせずとも、あなたの脳は自動的にあなたを嬉しくさせるホルモンを分泌するそうです。人体の構造はとても不思議ですね! faricoでは、今年の12月中にどこかしらに寄付をされたクライアント様には無料セッションを1回分プレゼントさせていただくことにいたしました。私たちは人々が与えることも、受け取ることもしやすくなることを促進しております。あなたが惜しみなく与え、疑わずに受け取ることができることを願っております。 与え、受け取るクリスマスになりますように!

  • Giving donations (日本語版は後日書きます)

    Giving donations (日本語版は後日書きます)

    Have you ever given donations? Why or why not?How do you feel when someone asks you for money? Do you give freely? Because I grew up in a Christian home, giving money was nothing strange to me. Christians give “offerings” during church services on Sundays. My mother always told me…

  • ラストネームは日本

    ラストネームは日本

    「Marikoさんは日本のパスポートが持ててラッキーですよ。日本のパスポートがあれば、海外で大切に扱ってくれますからね。僕のパスポートではそうはいかないから。」 大使館員として働いていた時、フィリピン人スタッフのNick君に言われた言葉が今でも記憶に残っています。 その時の私は、彼の言う日本のパスポートの効果を感じた事がなかったのですが、その後東南アジア、インド、中東を旅する度に、彼の言っていたことを実感する出来事を何度も経験しました。 そのエピソードの1つをご紹介します。 当時のサウジアアラビアの国際空港は今よりも小さかったので、入国審査の列がとても長く、入国するまでにとても時間がかかりました。しかし、アジア人出稼ぎ労働者がたくさん並んでいる列の中でいつも私だけ空港職員に話しかけられ、サウジ人専用、もしくは外交官専用のカウンターに並ばせてくれるのです。そして入国審査が終わると、空港警察が荷物受取所までエスコートをしてくれ、毎回とてもスムーズに入国する事が出来ました。 空港職員は、どうやら私が手に持っているパスポートの色を見て声をかけている様でした。 まるで日本政府が私の家族で、私のラストネームは日本。そして、日本のパスポートは、水戸黄門の印籠の様だと感じ、親元を離れて初めて親の偉大さに気づく心境に近いものを感じたものです。(だからこそ国によっては法外な値段をふっかけられる難点もありますが。) 世界の人々が日本にポジティブなイメージを持ってくれているのは、今まで長い間世界中で活躍してきた日本人の皆様、外交官、日本政府がコツコツと日本の評判を築き上げてくれたからです。私も日本の良いイメージを汚さぬよう、意識的に草の根外交をするよう心がけています。 それでは本日はこの辺で。 Mariko

  • 英語FAQ-間違っていても通じればOK?

    英語FAQ-間違っていても通じればOK?

    英語FAQでは、今までクライアント様から多くいただいた質問や、私達が良く耳にするコメントについて私達なりの考えを書いて行きます。皆様にとって、なんらかのインスピレーションになれば幸いです。 よく「単語を繋げれば相手に通じるから、文法や発音は正しくなくても伝わればいい!」と言うコメントを耳にします。 皆さんはどう思いますか? 確かに、英語を間違う事を恐れて黙ってしまうより、コミュニケーション能力を発揮し、単語を繋いで積極的にコミュニケーションを取る事は、前向きでとても良い事です。 しかし、聞き手の立場に立った時、ブロークンイングリッシュは、話し相手にかなりの負担をかけてしまいます。 外国人の話す英語に慣れているネィティヴは、想像力を働かせて理解しようと努力してくれますが、ネイティヴの中には、その努力をしてくれない人々が沢山いるのも現実です。 日本語は、話す外国人の方がまだまだ少ないので、カタコトの日本語を一生懸命話す外国人の方々を、ほほえましいと思う方は多いと思いますが、グローバルな舞台では、英語は話せて当たり前の共通言語なので、残念ながら片言の英語をほほえましいと思ってくれる事はほぼありません。それどころか、「きちんと教育を受けていない人」という印象を相手に与えかねません。 英文法を学ぶ目的が、自分の言いたい事を伝えるためだけですと、言いたい事を伝えるだけの、一方通行な「発話」になりがちです。 正しい発音と英文法を学ぶ事は、自分の言いたい事を正しく伝える事で、自分と話してくれている相手の負担を軽くするためのもの、つまりは相手へ感謝を表現出来る愛情表現の手段、そしてそれが本物のコミュニケーションだと私は思っています。 このコーナーで取り上げて欲しい質問がある方は、contact us からリクエストをお待ちしております。 Mariko

  • 英会話難民だった頃

    英会話難民だった頃

    私のクライアントの皆様はご存じですが、私は21歳で単身渡米するまで、英語が全く喋れませんでした。 学校の勉強自体に苦手意識を持っていたので、美術以外の成績はお世辞にも良いとは言えず、英語の授業では、動詞の過去形で嫌な予感がし、5文型でつまずき、現在完了で道に迷い、仮定法はもう謎の領域でした。それでもなぜか、英語には不思議な魅力があり、嫌いではありませんでした。 父親は、アメリカやヨーロッパの文化が好きで、海外に行く事が大好きだったので、よく私に英語やフランス語が書かれた文房具や現地で買ったCDなどをお土産に買ってきてくれました。子供ながらに、日本製のものとは明らかに違う異国情緒に惹かれていましたが、綺麗なフォントで書かれた美しい異国の言語に反し、教科書に書かれた英語は、無表情な記号の様だと思っていました。 高校生になっても、学校の英語に興味はありませんでしたが、修学旅行で行ったカナダで、友達と試行錯誤して英語を話した経験がとても楽しかったので、ただ漠然と「英語が喋れる様になりたい」と思い、18歳になって初めて、外国人が講師の大手英会話スクールのマンツーマンレッスンに通い始めました。 最初は、大手イギリス英会話スクールに通いました。週2回決まった時間に担当イギリス講師と簡単に英語で挨拶をした後、毎回決められたテキストのページに書かれている会話文を使って、会話練習をします。外国人の先生とカタコト英語で会話をするのは楽しかったのですが、1年間通って、私の英語が上達したと感じたのは Hello? の発音ぐらいでした。 次は更に大手の外国人講師が教える英会話スクールに通いました。この有名スクールは回数券制だったので、好きな時に電話予約をし、毎回違うネイティヴ講師とレッスンをします。このスクールでもレッスン方法は同じで、毎回テキストに沿って、レッスン内で会話文を使って先生と発話練習をします。このスクールは、回数券制の都度予約制だったので、だんだん行かなくなり、1年以上通いましたが、結局私の英語力に進歩はなく、英語が話せる様にはなりませんでした。 今振り返ると、私が英会話スクールに通っても英語が話せるようにならなかった理由は、多くの日本人の方々が英語習得に苦労している理由と同じだと思いますので以下にまとめます。 ①私の英語学習目的(英語を使って何がしたいのか)がはっきりしていなかった②学習目的がぼんやりしていたため、学習の姿勢が受身になってしまっていた③講師と学習の短期目標と長期目標の共有が出来ていなかった④レッスン内容がアウトプット過多だった⑤レッスン外ではインプットのみ、アウトプット量がゼロだった⑤文法は、日本語で納得できるまで質問が出来るレクチャーが必要だった⑥レッスン内に、英語運用力を伸ばしてくれるトレーニングがなかった⑦発音矯正のトレーニングがなかった⑧自分が日常的に使わない単語なのに、語彙力を増やそうと単語帳を暗記していた この後、無謀にもこの英語力のまま単身渡米し、大学の講義を受け始めることになるのですが、何をしても英語が話せる様にならなかった英会話難民だった私が、現地で自分で考え、実践し、実際に英語が喋れる様になった英会話習得トレーニングを、これから少しずつご紹介致します。 Mariko